こんな作家はまず世界にいないと思う

映画「美女と野獣」の中で美女の父親が吹雪の中、道に迷っていると、突如不思議なお城が現れる。見たこともない建築、荒涼とした景色の中、蔦や枯れ木に覆われて建っている城に、彼は吸い寄せられるように近づき、重い扉を開ける・・・そこには呪いをかけられて醜い野獣の姿になった王が住んでいた。

私たちは未知の建築物に惹きつけられる。みなさんにこんな経験はないだろうか? 知らない土地を歩いていて、半ばうち捨てられたような洋館に出会う。近くに寄って恐る恐る壊れた窓ガラスから中をのぞいてみたり、半分あいているドアーに手をかけたくなる。野又の絵はそういう我々の本能を刺激する。

彼の絵に向かった時、その未知の建物に私たちは忍び込みたくなる。「誰のすみかなのだろう? 誰が何のために・・・?」と考えを巡らせながら絵画を見ているという時点で、既に我々は非日常の旅に攫われている。そして最も不思議なことは、自分が建築の中に入っているはずなのにいつのまにか建築が我々の心の中にすっぽり入り込んでいること。灯台のようだったり、どこかの物好きな天才発明家の基地、独裁者のモニュメント。それらと我々は対話したり,鋭い孤独を感じたり、甘酸っぱいノスタルジーに満たされる。野又の絵画は我々をほったらかしにしてくれない。それぞれが物語を作らずにはいられない絵画なのだ。

彼がデビューした1980年代、絵の中の建築は人類の夢を体現しているかのようにロマンチックだった。それが時代を経ていくうちに彼の建築は控えめにではあるが、人の傲慢を笑うようだったり、儚さを感じさせるものに変化している。想像上の建築に特化して30年以上描き続ける、なんて見たことがない。世界にほかにもいるのだろうか? それにしても、彼ほど人と建物の関係を思考している作家はいない。それも建築家でなく、画家として平面で勝負しているのだからすごい。

実際3.11の悲劇を経て彼の絵画は確実に変化している。そして今回である。

実は今から10年前、野又は、私が主宰している「ラ・ケヤキ」で『SEEDS(種)』というタイトルのドローイング展を行っている。だから今回が二度目のおつきあいとなる。その時は武蔵野の雑木林の中の一軒家、ということで草木を描き込み、床の間や居間、生活空間に絵画を飾っていった。作家自身も家の中にアトリエ空間をしつらえ、そこで描いている臨場感を楽しんだ。今回は渋谷の真ん中のビルの上である。

渋谷の町は最近とみに開発され、消費社会のお化け(Ghost)がピカピカのビルに化けているかと思えば、(幸いにも)開発が遅れているラブホ街、円山町。こちらもお化けっぽい。彼はテレビのゴースト現象を言っているので妖怪のことではないというが、魂をたっぷり持っている渋谷のビル街が野又の絵筆によってどのように描かれるかが今回の見物である。もっとも彼は渋谷にフォーカスするだけではなく、違うテーマの近作も見せてくれるというから楽しみである。

絵画が、いやアート全体が、アイデア勝負、コンセプト勝負になってしまってホンモノの画家の居場所がなくなりつつある。キャンバスに絵具で、長い時間をかけて塗り重ねる、色彩は複雑で、形状は考え抜かれて、一分のいい加減さもない。時代遅れなんかじゃない。本当に素晴らしい、一生の宝になる絵画である。私は子供の15歳の誕生日に彼の油絵を贈った。絵画とつきあう喜びを知ってもらうためであった。多くの人に、彼の絵に物語を語らせる喜びを経験していただければ幸いである。

2014年夏 アツコ・バルー

Event

◉ 9月26日(金)19:00 – 21:00
オープニング・レセプション

◉ 9月28日(日)トーク・イベント
  佐藤卓(グラフィック・デザイナー)
  藤幡正樹(メディア・アーティスト)
  野又穫
【時間】16:00 – 18:00
【料金】¥1,500(1ドリンク付)
【予約】9月1日(月)より予約受付開始
 電話 03-6427-8048 / メール ab@l-amusee.com

◉ 10月13日(月・祝)〈クラシック・ライブ〉
シャコンヌ – 絵画と音楽の光景 –
小林美緒(ヴァイオリン) 下中美都(ピアノ) 
【会場】サラヴァ東京(同ビル地下1階)
【時間】12:00 開場(軽食をご用意いたします)
    13:00 開演
【料金】¥3,000 軽食・ドリンク付
 *ライブ+アツコバルーで作品をご覧いただけます(11:00 〜 18:00)
【予約】9月1日(月)より予約受付開始
    サラヴァ東京HP予約受付フォームより

最新情報は野又世津子さんの twitter でも随時アップデートされます。

Artist statement
作家の言葉

Ghost

ある場所に立つと、ふと「ここではない場所」が残像のように重なって見えることがある。
それらは目の前にある光景を補うようにして現れ、かつて訪れた場所や夢見た未来、あるいは過去の記憶を持ち出し、世界を立ち上げてゆく。
現在、過去、夢の断片が交錯するその景観は、今この世界を生きるための免疫をつくるように、繰り返し幾通りにも構築される。
極めて断片的で曖昧な残像が脈絡なく奥行きを形成し、亡霊のように現実世界に重なる姿を、テレビ映像のゴースト現象になぞらえて「Ghost」と名付けることにした。
これは「現象」「記憶」「光景」を、キャンバスの上にとどめようとする試みである。

野又 穫

野又穫(のまたみのる)プロフィール

1955年東京都目黒区に生まれる。東京藝術大学デザイン科卒業。80年代より実在しない建物をモチーフとして絵画制作を開始し、1986年10月に佐賀町エキジビットスペース(1983-2000 江東区)で初の個展を開催。以降も一貫して独自の空想建築を描き続けている。東京オペラシティ アートギャラリー(2004)、群馬県立近代美術館 (2010)などで個展、2013年には町田市立国際版画美術館で『空想の建築—ピラネージから野又穫へ』展が開催された。東京銀座資生堂ビル(2001)、パークハイアット東京(2006)などでコミッション・ワークも制作している。1995年芸術選奨新人賞、2007年タカシマヤ美術賞受賞。主な著書に『Points of View–視線の変遷』(2004東京書籍)『もうひとつの場所—Alternative Sights』(2010青幻舎) 『Elements—あちら、こちら、かけら』(2012青幻舎) などがある。朝日新聞「ザ・コラム」の挿画は、2011年4月から始まり、現在連載4年目に入る(毎週土曜日掲載)。
ウェブサイト nomataminoru.com


Living inside paintings – To be inhabited by paintings.

We are drawn by unknown buildings. When we look at Nomata’s paintings, we cannot help wanting to sneak inside. From the moment we look at the paintings and wonder ‘whose home is it? Who built it for what purpose?’, we are already under his spell. What is most strange is that though we are supposed to be inside the building, before we know it, the building has entered inside our hearts. We have conversations with the building or feel an acute sense of loneliness, or we are even filled with a sense of nostalgia. Nomata’s paintings do not leave us alone. 
You cannot, not construct a story with each of his paintings.

When he first started out in the 1980s, buildings inside his paintings were romantic, as if they embodied the dreams of the human race. As time went by, the work began to remind us of the evanescence and also, though subtle, to laugh at people’s arrogance. He is our contemporary and his paintings have once again changed after the tragedy of 3.11 (Great East Japan Earthquake). And this exhibition shows Nomata today.

Shibuya has seen rapid developments after the tsunami and on the one hand you see the ghosts of the consumerist society in the form of shiny new buildings, there is also Maruyamacho, which is a little ghostlike due to the area (fortunately) lagging behind in terms of development. Though Nomata is referring to the ghost phenomenon of the television, stating that it is not about phantoms, it will be interesting to see how the soulful buildings of Shibuya will be depicted through his paintbrush.

These days, art on the whole, and not just paintings, have become all about concepts and there is a tendency for emotions to be neglected. His paintings, where many layers are painted onto a canvas over a long period of time, are deeply satisfying. I hope his work will go on living inside many people’s hearts.

Summer 2014, Atsuko Barouh